1.起訴前の刑事弁護が目指すもの

刑事事件の起訴前における捜査の態様としては、事件が発生し、捜査機関がこれを認識した後、逮捕・勾留がなされ、身柄が拘束される、いわゆる“身柄事件”と、逮捕・勾留がされず、在宅しながら捜査が行われる、いわゆる“在宅事件”があります。
身柄事件と在宅事件、いずれのケースでも共通しますが、起訴前の刑事弁護においては、起訴されないこと(不起訴処分)を目指すことが最も多いです。

そして、依頼者(被疑者)の当該事件に対する認識によって、不起訴処分の目指し方が異なってきます。
具体的には、以下の2つに分類されます。

①被疑者が当該事件の被疑事実を争い、無罪を主張している場合

この場合には、依頼者の認識を十分に確認した上で、捜査の結果、犯罪の嫌疑がないと検察官が判断する「嫌疑なし」や、裁判で犯罪の成立を証明するための証拠が不十分であると検察官が判断する「嫌疑不十分」を理由とする不起訴処分を獲得することを目指していくこととなります。

被疑者が被疑事実を否認して争っている場合、捜査機関は、様々な角度から揺さぶりをかけつつ取調べをしてくることが想定されます。
仮に、取調べにおいて、やってもいないことを認めてしまった内容で調書が作成されてしまうと、起訴されてしまい、有罪判決がでてしまう可能性があります。
そのため、弁護士との間で取調べに対する方針を定めるとともに、被疑者が被疑事実を行っていない客観的な証拠を収集していく必要があります。

このような場合、被疑者において、当該事件の被疑事実を争うのですから、基本的に被害者とされる人物との間で示談をするということにはなりません。

②被疑者が当該事件の被疑事実を認めている場合

この場合には、捜査の結果、犯罪の嫌疑が証拠によって認められるものの、犯罪の軽重、情状、犯人の性格や境遇、その他当該事件後の事情等を考慮し、検察官が、起訴して裁判を受けさせるまでの必要はないと判断して、「起訴猶予」を理由とする不起訴処分を獲得することを目指していくこととなります。

このような場合に、不起訴を獲得するために、弁護士は被疑者と協議の上、被害者の方との示談ができないかどうか、検討します。

2.被害者との示談による不起訴処分

起訴猶予を理由とする不起訴を獲得しようとする場合、事件後の事情として、被害者との間で示談が成立しているか否かという点が、検察官が起訴・不起訴を判断するにあたって、大きな要素になってきます。

示談というのは、被疑者と被害者との間の、当該犯罪に関する合意です。
示談について、十分に理解すべきなのは、示談の第一次的な目的は、被害者の方に対して真摯に謝罪することであり、決して、被疑者がお金を払う手続であるなどと勘違いすべきではありません。
示談にあたって金銭をお支払するのは、時間を戻すことができない以上、精神的肉体的苦痛を評価して償う方法が金銭的賠償しかないからこそ、示談においては、金銭的賠償をするのです。
被疑者は、これらのことを十分に理解した上で、弁護士とともに被疑者自身の経済状況等に鑑みて、賠償する金額を協議し、弁護士が、この協議に基づき、被害者の方に賠償させていただけるかお話ししていくこととなります。

他方で、被害者の方と示談をするにあたって、弁護士としては、被害者の方に、刑事処分を望まないという意思を、示談書の中で明確に示し、記載させてもらうことができるようにする必要があります。
被害者の方の刑事処分を望まない意思が記載された示談書を捜査機関に提出し、その他被疑者を不起訴にすべき事情を説明することで、不起訴となる可能性は高くなるといえるでしょう。

なお、示談をするにあたって、被害者の方の連絡先を把握する必要がありますが、被害者の方の連絡先を被疑者が知らない事件も多く存在します。
捜査機関は、新たな被害の発生等を防止するために、通常被疑者や被疑者の家族に対し、被害者の連絡先等を教えてくれないのが一般的です。
もっとも、弁護士であれば、捜査機関から被害者の方に対し、弁護士に連絡先を教えてもよいか確認し、被害者の方がこれを承諾した場合には、被害者の方の連絡先等を教えてもらえるため、示談の交渉をしていくことができます。

被害者の方の連絡先を知ることができない場合など示談が成立しないケースでは、他の手段で不起訴処分を目指していくこととなります。

3.不起訴処分にするための示談以外の手段

何らかの理由で示談をすることができない事件の場合、犯罪被害者等のためにいかされる寄附制度である贖罪寄付や、被害者の方が賠償金を後で受領しようと思ったら受領できるように法務局に対して供託手続を行い、その証明書等を捜査機関に提出し、被疑者が深く反省していることを捜査機関に示すことで、不起訴処分を求めていくことが考えられます。

その他にも、職場や家庭で、今後二度と被疑者に犯罪をさせないよう監督する方の陳述書等を捜査機関に提出し、被疑者が再犯をしない客観的な資料を示し、不起訴処分を求めていく手段もあります。

もっとも、被害者に対する直接の金銭的賠償と被害者が刑事処分を望まないという意思が示されている示談と比べると、いずれの手段も起訴猶予に傾く効果は不明確であるといわざるを得ません。
そのため、起訴猶予を理由とする不起訴処分の獲得を目指していくためには、示談することを第一に考えていくこととなります。

4.弁護士にご相談ください

被害者の方は、当該事件の発生により、精神的肉体的苦痛を負っているので、示談のための交渉をしていくにあたっては、非常にデリケートなものでもあります。
このような被害者の方の心情にも配慮しつつ、謝罪の意思を誠実に伝えていくためには、経験のある弁護士の対応が必要だと思います。
この記事をお読みいただいた方の中に、刑事事件での示談に関してお悩みの方がいらっしゃれば、一度弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。