1 医学部生の刑事事件に特有のリスク

医学部生が刑事事件を起こしてしまった場合、大学から処分を受けること等のリスクが考えられますが、何よりも、その後の医師免許取得への影響が大きな問題となり、特有のリスクであるといえます。
この医学部生の刑事事件に特有のリスクである医師免許取得への影響について、まずは解説いたします。

(1)刑事事件を起こしたことが医師免許取得へ及ぼす影響について

医学部生は、医師国家試験に合格すると、医師免許の交付申請を行うことになります。
そして、この医師免許の交付申請の場面では、医師法上、交付申請から遡って5年以内に罰金刑以上の刑事処分を受けたことがある(いわゆる前科が付いている)場合は、医師免許の交付が留保され、あるいは、交付が認められません。

したがって、医学部生が刑事件を起こし、罰金刑以上の刑事処分を受けてしまうと、医師国家試験に合格できたとしても、医師として仕事をする上で必要な医師免許の取得がスムーズにできないという重大なリスクがあるわけです。
医学部生においては、刑事処分としては軽い方に分類される罰金刑(略式罰金)であったとしても、その影響は甚大であるといえます。

(2)医師免許の交付が留保、あるいは、認められないことについて

罰金刑以上の刑事処分を受けてしまうと、医師免許の交付が留保され、あるいは、交付が認められないことについて、さらに詳しく解説いたします。

医師法の規定によれば、医師免許は、厚生労働大臣が医師国家試験に合格した者の申請により医籍に登録することで、取得することができます。
医師国家試験の受験については、前科による受験制限はないため、受験は可能ですし、前科が合否に影響することもありません。
しかし、医師国家試験の合格後に行う医師免許の交付申請の場面において、医師法では、厚生労働大臣は「罰金以上の刑に処された者」について「免許を与えないことがある」と規定されています。

ここで、「与えないことがある」との言葉のとおり、いかなる前科に対しても永続的に医師免許の交付が認められないわけではなく、医師免許交付が一定期間留保される運用となっているようです。
この留保期間については、特に法律で規定されているわけではなく、また情報が公表されているわけでもないため、「○○の場合には○か月留保される」と言い切ることはできません。
もっとも、すでに医師免許を取得した者が刑事処分を受けた場合の行政処分(厚生労働省より公表されている)が参考となります。
医師に対する行政処分については医師法に規定があり、基本的に罪名、行為態様、刑罰の重さ、刑罰執行後の事情等を考慮して、医師免許の取消しや医業業務の一定期間の停止などを決されることになっています。
そのため、医師免許の交付の留保期間も、これに対応して決せられるものと考えられます。
例えば、傷害罪によって罰金刑を受けた医師に対して、行政処分として1か月から数か月間の医業停止処分が科された例があることを踏まえると、医師免許の交付についても、傷害罪によって罰金刑を受けたことがある場合には、少なくとも数か月の留保は想定されるといえるでしょう。

(3)医師免許の交付が留保されることの影響について

最終的に医師免許自体は交付されるものの、相当の期間、医師としての仕事ができなくなるため、就職やキャリア形成の面での影響は甚大であるといえます。
また、医師免許の交付が遅れることによって、事実上、前科の存在が周囲に分かってしまう可能性も高く、その後の社会生活上の支障も懸念されるところです。

このような事態を回避するためには、刑事手続のできる限り早期の段階から不起訴処分を獲得するための活動を十分に尽くし、前科が付くことの回避に注力していく他ありません。

なお補足として、「罰金以上の刑に処された者」とは、厚生労働省の運用では、過去に刑罰を受けた者のうち、刑の言渡しの効力が消滅していない者をいい、刑の言渡しの効力が消滅した者(前科が無くなった者)は当たらないとされています。
したがって、過去に禁固刑・懲役刑を受けた場合は執行猶予期間が経過したとき、禁錮刑以上の刑事処分の執行を終わってから罰金刑以上の刑事処分を受けずに10年を無事に経過したとき、罰金刑以下の刑事処分の執行をおわってから罰金刑以上の刑事処分を受けずに5年を無事に経過したときは、刑の消滅の効果により、「罰金以上の刑に処された者」には当たらないことになります。

2 不起訴処分を獲得するための弁護活動

以下では、不起訴処分を獲得するための弁護活動について、疑いをかけられている事実(被疑事実)を認めている場合を前提に解説いたします。

(1)「起訴猶予」を理由とする不起訴処分の獲得

人を殴って怪我を負わせたという疑いをかけられている場合(傷害罪の疑い)や、インターネット上に人の名誉を棄損する書き込みをしたという疑いをかけられている場合(名誉棄損罪の疑い)などで、その被疑事実・罪を認めている場合には、「起訴猶予」を理由とする不起訴処分を獲得することを目指していきます。

「起訴猶予」とは、捜査の結果、犯罪の嫌疑が証拠によって認められるものの、犯罪の軽重、情状、犯人の性格や境遇、その他事件後の事情等を考慮し、検察官が、起訴して裁判を受けさせるまでの必要はないと判断して不起訴とする処分です。
不起訴とする処分ですから、刑事罰を受けるものではなく、前科は付かないことになります。

そして、この「起訴猶予」を理由とする不起訴処分を獲得するためには、事件後の事情として、被害者との間で示談が成立しているか否かという点が、検察官が起訴・不起訴を判断するにあたって、非常に大きな要素になってきます。

(2)不起訴処分を獲得するための弁護活動

示談というのは、被害者との間の当該犯罪に関する合意です。
この示談における弁護活動としては、弁護士が、被害者に被害弁償させてもらえるかを確認するところからスタートします。
ここで、示談について十分に理解すべきなのは、示談の第一次的な目的は、被害者に対して真摯に謝罪して誠意ある償いをすることであり、決して、単に被害者に対してお金を払うだけの手続であると勘違いすべきではありません。
精神的・肉体的な苦痛を評価して償う方法が金銭的賠償(被害弁償)しかないからこそ、示談においては被害弁償金の支払いをするのです。
この点を十分に理解していない弁護士が対応すると、その言動等に対して被害者から反感を抱かれ、示談の成立は困難となります。

また、示談をするにあたって、被害者の連絡先を把握する必要がありますが、被害者の連絡先が分からない事件も多く存在します。
捜査機関は、新たな被害の発生等を防止するために、通常、被疑者(加害者)や被疑者の家族に対し、被害者の連絡先等を教えてくれないのが一般的です。
もっとも、弁護士であれば、捜査機関から被害者の方に対し、弁護士に連絡先を教えてもよいか確認し、被害者がこれを承諾した場合には、被害者の連絡先等を教えてもらえるため、示談の交渉を進めることが可能となります。

他方で、被害者と示談をするにあたって、弁護士としては、被害者の「刑事処分を望まない」という意思を示談書の中で明確に示し、記載させてもらうことができるように努める必要があります。
被害者の刑事処分を望まない意思が記載された示談書を捜査機関に提出し、その他被疑者を不起訴にすべき事情を説明することで、不起訴となる可能性は高まると考えられます。

(3)不起訴処分にするための被害者との示談以外の手段

弁護活動によっても示談が成立しないケースでは、他の手段で不起訴処分を目指していくこととなります。

被害者の処罰感情が強く、被害弁償金を受け取ってもらえない場合には、被害者が被害弁償金を後で受領しようと思ったら受領できるように、法務局に対して供託手続を行うことが考えられます。
その他にも、犯罪被害者等のために活かされる寄付制度である「贖罪寄付」を行うことも考えられます。
そして、供託や贖罪寄付の証明書等を捜査機関に提出し、被疑者が深く反省していることを捜査機関に示すことで、不起訴処分を求めていくわけです。

さらに、「今後二度と被疑者に犯罪をさせないように監督する」という家族等の陳述書等を捜査機関に提出し、被疑者が再犯をしないという客観的な資料を示すことも、あわせて行うことが考えられます。

もっとも、被害者に対する直接の被害弁償および被害者の「刑事処分を望まない」という意思が示されている示談と比べると、いずれの手段も起訴猶予に傾く効果は不明確であるといわざるを得ません。
そのため、起訴猶予を理由とする不起訴処分の獲得を目指していくためには、やはり示談の成立を第一に考えていくこととなります。

3 弁護士にご相談ください

冒頭で述べたとおり、医学部生の刑事事件では、医師免許の取得において特有のリスクがあり、刑事処分としては軽い方に分類される罰金刑(略式罰金)であったとしても、その影響は甚大であるといえます。
すなわち、医学部生に前科が付いてしまった場合、このことによる不利益は、一般の人よりもはるかに大きいものがあります。

このような事態を回避するためには、刑事手続のできる限り早期の段階から、被害者との示談を第一とする不起訴処分を獲得するための活動を十分に尽くすことがベストな対応であるといえます。
そして、不起訴処分の獲得を確実なものとするためは、刑事事件対応の初期段階から、弁護士を選任の上、必要な対応をすべきです。
刑事事件の被疑者になった医学部生については、可能な限り早期に弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。

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